スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

甲状腺ホルモン不応症の歴史

1967年、シカゴ大学のDr. Refetoffが報告したことに始まります。そこで甲状腺ホルモン不応症(Resistance to Thyroid Hormone; RTH)、ことにこのとき報告された全身型の甲状腺ホルモン不応症(Generalized resistance to thyroid hormone; GRTH)は、レフェトフ症候群(Refetoff Syndrome)として、知られることとなります。
それにひきつづき、1975年にDr. Gershengornによって、下垂体型(pituitary resistance to thyroid hormone; PRTH)が報告されています。

1986年、Dr. Sapらのチームによって、また、Dr. Weinbergerらのチームによって、それぞれ甲状腺ホルモン受容体遺伝子が同定され、診断が容易となり、認知が広がったことから、1980年代後半以降、多くの症例が報告されるようになりました。

1989年には、日本のDr. Sakurai, Dr. Takedaらのチームによって、全身型甲状腺ホルモン不応症からの甲状腺ホルモン受容体遺伝子の同定に成功。
1993年には、日本のDr. Sasaki, Dr. Nakamura, Dr. Tagamiらのチームによって、下垂体型甲状腺ホルモン不応症からの甲状腺ホルモン受容体遺伝子の同定に成功しています。

日本における推定患者数は、1994年の段階で50人ほどとされていますが、その後も、多くの症例報告が出ています。

tag : 甲状腺ホルモン不応症

メニュー
サイト内検索
RSSフィード
カウンター
このサイトを閲覧いただきありがとうございます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。